管理人の真弓知也です。人見知りで富士額な男です。よろしくどうぞ。
プロフィール画像

泣ける【静ちゃんへの手紙】~神風特攻隊員の兄と幼き妹~

アップ主さんの説明

長編になったけど、神風特攻隊員にまつわる泣ける話です。両親を失い、幼い妹を一人残して死んでいかねばならい特攻隊員の兄。【静(せい)ちゃんへの手紙】は有名な話です。こういった悲しい物語は星の数ほど実在しています。兄弟(姉妹)仲良くね!!!!!!!!

管理人のコメント

言葉がありません、涙がとまりません。本当に、本当に日本はつまらないことをしてしまいました。そこにどんな理由、どんな事情があろうと戦争はつまらない、そこにどんな大儀や正義があろうとも戦争はつまらない。

何も迷うことはない、何も考えることはない、人間の歴史が終わりを迎える最後のその日まで、戦争はつまらないものだと決まっているのだと大きな声で叫びたいです。

いつの世も人は生まれます、そして人は死にます。だから死というものを嘆く必要や悲しむ必要は本来ないのかもしれません。どのみちどんなに泣こうがわめこうが、振り返った過去は死体の山であり未来は死人の群れです。だって生まれた数だけ人は死ぬのですから。

でも、だからこそ、死という辛い結末が避けられないからこそ、せめて人の命は愛するもののためにあって欲しい、せめて人の死は己の信じるもののためであって欲しい。決してつまらないものの為に失われるべきではないのだと、決してそうであってはならないのだと思います。

しかし、世界に目を向ければいまだに戦争はなくならず、そうしてこれからも新しい争いは起こっていくのでしょう。でも、もう戦争はやめて欲しいです。本当に本当に、戦争だけはやめて欲しいです。

これ以降の記事は上記の記事を書いた次の日の7月26日に追記しました
実は、上の動画の紹介記事を書いたその日に、Youtubeである動画を目にしました。その動画は戦争とそれが残したものをテーマとして映像学校の生徒さんが課題で製作された作品でした。それは中々、センスを感じさせる動画だったのですが、管理人が見た限りでは、アップ主さんの説明を読んでから動画を見ないと、少しテーマが誤解を受ける感じのつくりに見えました。下に掲載してあるのがその動画とアップ主さんの説明です。

アップ主さんの説明

戦争で奪われたもの、失ったものはたくさんあります。
だけど戦争から与えられたものもあるのではないのでしょうか。

それは今の私たちの笑顔です。
もう二度とこの笑顔を失うことがありませんように。
と願いを込めて。

映像学校の課題でつくった作品で、
ちょうどその年は戦後60年をむかえたので
その餞につくった作品です。

管理人はこの動画を見て、この追記記事のはじめに申し上げたとおり、説明文を読んでから見ないと少し誤解を招くような作りに見えましたので、余計なことかと思いましたが、“静ちゃんへの手紙を”見たことによる感情の高ぶりも手伝って、ついつい下記のようなコメントを残してしまいました。

管理人のコメントの内容
※このコメントは作者の方に失礼だと感じすぐに削除しました。そのためもうYou Tubuにいっても見れません。
素人の目から見ても、曲の選定、映像の選定、どちらも非常にセンスが良いと感じます。
ただ、残念かな過去と現在の映像を並べるだけだと、説明を読んでからでないと動画の主張がわかりずらいかな?と思いました。
たぶん、作っていらっしゃる本人には分かりずらいとことだと思う­のですが、そこらへんの主張をもう少し明確に表現しておかないと亡くなった方の葬儀の席で、誰かの誕生日を祝っているかのような不快感を与えてしまう場合もあるかもしれないのではないかと思いました。
つまり、おかしな表現ではあるかもしれませんが、「映像が言葉足らずなのでは?」という一点が少し気になりました。戦争というテーマは、人の死とそれに伴う感情が絡む非常にデリケートなテーマだと思いますので、もう少し、深い配慮が必要なような気がします。
しかし、主張はとても素晴らしいと感じます。その主張を感じ取れば、戦争で亡くなった方たちの命は今に受け継がれていると感じることができ、私自身は犠牲者の遺族でもないのに温かい気持ちにさせていただきました。これからも、頑張ってよい作品を生み出してください。

SinkouTomoya
(このコメントは、元々ここで掲載つもりではなく、通りすがりの一個人の意見として残したものですので、文章の添削もしておらず、少々読みにくいおかしな文章になっていますが、ご了承ください。)

管理人は、以上のようなコメントを非常にお節介にもこの動画にたいして残してきてしまったわけですが(本当によけいなことをしてしまいました動画の作者さん申し訳ありません)、このコメントの文中に「戦争というテーマは、人の死とそれに伴う感情が絡む非常にデリケートなテーマだと思いますので、もう少し、深い配慮が必要なような気がします。」との一文があります。

この文章を書き終えたあとで、ふと“泣ける【静ちゃんへの手紙】~神風特攻隊員”の動画をご紹介したあとに自分が書いたコメントを思い出しました。そして、そのコメントの中の「本当に、本当に日本はつまらないことをしてしまいました」との一文には、戦争で亡くなられた方への深い配慮はあっただろうかと考えてしまいました。あの戦争が無駄なもの、つまらないものといってしまったことは、亡くなった方々の魂にたいする酷い冒涜ではなかっただろうかと思えたのです。あの戦争にたいしてはさまざまな側面、見方、意見があります。例えば、下記の動画もそうした意見の中のひとつです。

アップ主さんの説明

右も左も関係ありません。善も悪も知りません。ただ英霊に感謝するだけです。議論する気はありません。

管理人のつたない歴史観と照らし合わせても、この動画の内容は、おそらくは第二次世界大戦の一側面であったことは間違いないだろうと思います。

しかし、それでも管理人は、追記前の記事で発言した「そこにどんな大儀や正義があろうとも戦争はつまらない。」という発言を改めるつもりはありません。

そして、「だったら第二次世界大戦で日本が戦ったことは間違いだったと思うのか」と問われれば、「それはしかたのないことだったと思う」と答えるでしょう。

おかしなことを言う奴だと思われるかもしれません。ですが、「争いは間違っている」と「戦うしかない時もある」の、このどちらかの考えが間違っていると断言することは、永遠に、絶対に、誰にもできないことであると思います。

管理人は、「戦争は絶対に許されない、だが人は戦うしかない時もある。ならばその犠牲となった方達の悲しみや無念さを絶対にないがしろにすることは許されず、私達は未来永劫持その存在と魂を忘れる権利を有さない」とそう考えます。

奇しくも今日は7月26日、ボツダム宣言がなされた日です。この時これを受諾していれば、その後の原爆投下は防げたとする意見もあります(反対意見もあります)。真偽のほどはわかりませんが、もしかすると戦後の日本の運命を大きく変えたかもしれないこの日に、戦争の是非を論ずる記事を書くことには、なにか感慨深いものがあります。

ただ、すべては終わってしまったことであり、これらの尊い犠牲はもはや取り戻すことはできません。私達にできることは、永遠にこの歴史を忘れず、未来への糧とし、決して意味のない出来事にしないということだと思います。

そしてそれを訴えることで、管理人自身の「本当に日本はつまらないことをしてしまいました」という心無い発言のお詫びとさせていただきたいと思います。

ご精読、ありがとうございました。

この記事へのコメントについてのお願い
一番最後にご紹介した動画のアップ主さんと同じように、管理人もこの話しについて誰かと議論する気はまったくありません。このような問題は、いろいろと着地点が難しい問題でもあり、議論をはじめれば、ほぼ100パーセントに近い確率で泥沼化してしまいます。ですので、このブログは今まで一度もコメントを頂いたことのない寂しいブログなのでコメントは付かないと思いますが、いちおう念のためコメント欄を閉じさせて頂こうと思います。尚、もしこの問題に関して他の記事のコメント欄に、ご意見や質問などのコメントを頂いても、お返事することなく削除させて頂くことになると思いますので、それにつきましては、大変失礼かとは存じますがどうかご了承ください。